「目から、自分を知る。」
― 外に向いていた目を、内側へ。―

チャクラグラスが手元に届いてから、
毎日のように、自分自身で小さな実験をしています。
どんな時にかけると、
私はどう感じる?
どんなことを思う?
いつもと、何が違う?
そんなふうに、
いちいち自分の感覚を確かめてみる。
毎日をそつなくこなしていくために、
いつの間にか置いてけぼりにしてきた、
私自身の感覚や感情。
チャクラグラスをかけるようになってから、
そこに改めて向き合う時間が増えました。
感じないようにしてきた部分を、
ひとつずつ見つめてあげる。
すると不思議と、
深く息ができるような…。
そんな感覚があります。
私は、チャクラグラスを
いつでもかけているわけではありません。
むしろ、
かける時と、かけない時。
その両方を、
自分の感覚で選ぶようにしています。
たとえば私は、
車を運転する時にはかけません。
広い視野で周りの情報をたくさん拾うことは、
確かに疲れる。
でも、運転している時の私は、
その方が安心だと感じるからです。
一人で東京へ行った時にも、
そんなことを考えました。
人で溢れた街の中では、
チャクラグラスをかけると
周りが少し静かになるように感じる。
でも、
「これが子どもたちと一緒だったら、
私はきっと外していたいな」
とも思いました。
子どもたちがどこにいるのか。
何をしているのか。
周りで何が起きているのか。
そんな時の私は、
疲れたとしても、
全体を広く見ていたい。
逆に、
普段なら情報量が多くて
うるさく感じてしまうテレビやSNSも、
チャクラグラスをかけていると、
少しだけラクな気持ちで見ることができます。
もちろん、
これはきっと、とても個人差があること。
だからこそ私は、
「チャクラグラスをかければ、こうなる」
ということよりも、
私は今、どう感じている?
と、自分自身の声に耳を澄ませることの方が
大切なのかもしれないと思うようになりました。
もしかすると、
私が「実験しよう」と思いながら
チャクラグラスを使っているからかもしれません。
でも、以前よりもずっと、
自分の感覚をいちいち確かめる時間が
自然と増えたように感じます。
今、疲れている。
今、これはちょっとうるさい。
今は、周りを広く見ていたい。
今は、自分のことだけに集中したい。
そんな小さな感覚。
知らず知らずのうちに
外側ばかりを気にして、
たくさんの情報でいっぱいになっていた私の目を、
チャクラグラスを使いながら
自分でコントロールする。
それはもしかすると、
外側に向き続けていた自分の軸を、
自分の中心へ戻してあげること
なのかもしれません。
私にとってチャクラグラスは、
内側と外側の、
小さなスイッチのようなものになりました。
着用して、
グッと自分に集中する。
外して、
周りを広く見渡す。
その時の環境や状況に合わせて、
「今、何を大切にしたい?」
「どんな距離感でいたい?」
「何を見て受け取りたい?」
ということに合わせて、
目から入ってくる情報を調整する。
目の筋肉を無理矢理使わなくても
見たいものに集中ができて、
自分に足りないカラーを補った上で
受け取る世界。
ずっと無意識にしてきた「見る」ということを、
自分で選べるようになる。
私にとっては、
そんな不思議なメガネです。
そして。
この実験を続ける中で、
ひとつ、とても面白いことに気がつきました。
前回の記事にも書いたように、
私は外斜位で、
目を寄せることが苦手な目を持っています。
それを昔から知っていて。
それなのに私は、
刺繍作家になりました。
小さな、小さな場所に目を寄せて、
針先を見つめて、
一針ずつ、
細かなものを作り続けています。
どうして私は、
こんなにも刺繍が好きなのだろう…。
どうして刺繍をしていると、
あんなにも「整う」のだろう…。
チャクラグラスを使い始めて、
ふと思ったのです。
私は、自分に集中したかったのかもしれない…と。
普段の私は、
周りの情報をたくさん拾います。
人の気配。
視界の端で動くもの。
音。
空気。
いろんなものに意識が向いてしまう。
でも、刺繍をする時。
私は、
ほんの小さな一点を見つめます。
針を持って、
目を寄せて、
小さな小さな世界だけを見る。
もしかすると刺繍は、
情報量が多く、
気が散ってしまいやすい世界の中で、
私自身がいつの間にか見つけた、
自分を平和に保つための、小さな儀式
だったのかもしれません。
だから私は、
刺繍をすると整う。
よく言われる、
瞑想状態のような感覚になる。
目を寄せて、
ひとつのものにフォーカスすることで、
私はずっと、
無意識に精神を統一していたのかもしれない。
そんなことに気がつきました。
そして、もうひとつ…。
私は昔から、
瞑想がとても苦手です。
目を閉じて、
何も考えず、
じっとする。
それをしようとすると、
そわそわ…。
ザワザワ…。
なぜだか、
全然落ち着かない。
私はずっと、
「じっとしているのが苦手だからかな」
と思っていました。
でも、もしかすると、
それだけではなかったのかもしれません。
普段、たくさんのものが見えていて、
たくさんの情報を受け取ることに
慣れている私。
そんな私が、突然、目を閉じる。
目から入ってくる情報がなくなると、
今度は、
音。
匂い。
温度。
身体の感覚。
そんな別の情報を、
一生懸命探しに行ってしまう。
余計に脳が騒がしくなったりする。
だから私は、
瞑想をしようとすると
逆にそわそわしてしまうのではないか…。
そんな気がしたのです。
そして、これは完全に私の想像なのですが。
瞑想の文化と深い繋がりを持つインドに、
あれほど細やかで美しい
「インド刺繍」があることにも、
なんだか、
不思議な繋がりを感じてしまいます。
刺繍と瞑想。
一見まったく違うものだけれど、
小さな一点へ意識を集めていくこと。
手を動かしながら、
自分の内側へ戻っていくこと。
もしかしたら、
どこか似ているところがあるのかもしれません。
チャクラグラスをかけ始めて、
約2ヶ月。
ほんの少しだけですが、
私は以前より、
瞑想が苦ではなくなりました。
それがチャクラグラスによるものなのかは、
まだ、わかりません。
ただ私は、
目から入ってくる情報を
自分でコントロールするようになったことで、
自分の中に、
ほんの少しだけ「余白」ができたのではないか。
そんなふうに感じています。
今まで当たり前すぎて、
考えたこともなかった「見る」ということ。
その見え方を変えてみたことで、
私は今、
自分自身のことを
もう一度知り直しているところです。
この実験は、まだまだ続きます。
チャクラグラスについて
∗atelier eni 182∗
﹍﹍﹍﹍﹍﹍﹍﹍﹍﹍﹍﹍﹍﹍﹍﹍﹍﹍﹍
立体手刺繍アクセサリー
atelier eni の作品は
オンラインショップでもご覧いただけます。
刺繍から生まれた草花たちを
お届けしていますꕤ

