「ことばを編む。」
― ひとつの音から、いくつもの景色が生まれる。―
作品の名前を考える時間が好きです。
形や色、咲く季節から名前が生まれることもあります。
けれど、ときどき私は、その順番を飛び越えてしまいます。
名前が先に生まれ、その名前に導かれるように作品が生まれることがあります。
私の作品には、そんなものが少なくありません。
例えば、「eni∗mori」。
この作品は、∗atelier eni∗のお守りだから、「守り」。
そんな想いから生まれた名前でした。
でも、「もり」という音には、それだけでは終わらない景色があります。
「森」。
木々が集まり、草花が咲き、生きものが暮らす場所。
そしてもうひとつ。
「杜」。
神様が宿るといわれる神聖な木々。
古くから人々が大切に守り、祈りを重ねてきた場所です。
さらに、私が暮らす街にも、この「杜」の字が使われています。
ひとつの「もり」という音の中に、いくつもの意味が重なっている。
だから私は、「eni∗mori」という名前が好きです。
お守りであり、森であり、杜でもある。
その名前が先に生まれたからこそ、この作品は今の形になりました。
私は昔から、こんなふうに言葉を眺めることが好きでした。
同じ音なのに、違う意味を持つ言葉。
そんな言葉に出会うと、つい立ち止まってしまいます。
例えば…。
「メイソウ」
私は、じっとして”瞑想”をすることが苦手です。
“瞑想”をしているつもりが、いつの間にか”迷走”していることがあります。
でも、その迷走があるからこそ、思いもよらない景色へ辿り着くこともあります。
「キセキ」
“奇跡”は、ある日突然降ってくるものではなく、
積み重ねた”軌跡”、歩いてきた”軌跡”の先に
生まれるものだと思うのです。
「あったから。」
そんな何気ない言葉も、少し見方を変えると、
「宝」という字が隠れているように感じます。
嬉しかったことも。
悲しかったことも。
苦しかったことも。
全部「あっ”たから”」、今があります。
だから私は、過去を消したいとは思いません。
「あったから」が、「宝」に変わる瞬間を、私は何度も見てきたからです。
そして今も、見続けているから…。
どんなことも、宝に変わると信じて、
宝に変えてみせる!!とさえ思っています。
「イト」
一本の”糸”を縫っているように見えて、
その一本一本には、ちゃんと”意図”があります。
どこに光を置くのか。
どこに影を残すのか。
どんな表情で咲かせたいのか。
誰のもとへ届いてほしいのか。
私は”糸”を通しながら、”意図”を重ねています。
そして、名前。
「名」が前。
私の名前には、「綾」という漢字が使われています。
その意味は、「斜めの糸」。
そして、「斜めに織られた美しい模様」。
その意味を知ったとき、
「あぁ、だからなのかもしれない」と思いました。
私は昔から、真正面ではなく、
ほんの少し斜めから物事を見てしまう癖があります。
だから、多くの人が見過ごしてしまう景色に立ち止まったり。
少し角度を変えた先にある美しさを見つけたり。
そんな見方を、自然としてきました。
「言葉の綾」という表現があるように、
私は言葉について考える時間も好きです。
ひとつの音から、
いくつもの意味を見つけたり、新しい景色を見つけたり…。
日本語の美しさと意味の深さに想いを馳せた時、
生まれてくる草花がありました。
また、「”氏名”は”使命”で”指名”されている」。
そんな風に感じることもあります。
誰しもに当てはまるわけではないと思います。
けれど、この名前を授かったからこそ、
この景色を見ることができたのだとしたら…。
私は、私だけの”斜めの意図”で作品を生み出していくことを、
そっと指名されているのかもしれない…
そんな風に感じるのです。
だから今日も私は、言葉の綾を縫います。
ひとつの音から、いくつもの景色を見つけるように…。
そして、
ひとつの意図を一本の糸に乗せて、ひとつの花を咲かせるように…。
その言葉が草花として咲き、
誰かの日常にそっと寄り添い、
新しい景色を咲かせてくれたら…。
そんな願いを込めながら、
今日も私は、
ことばを編んで、針を進めるのです。

∗atelier eni 177∗
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