「拘るけれど、囚われない。」
― 作家なのに、ステッチの名前を知らない―
私は、刺繍作家と名乗っていいのか…
今も少し迷っています。
なぜなら私は、
刺繍のステッチの正式な名前や縫い方を、
ほとんど知らないからです。
編み物もするけれど、
編み図も読めない。
習ったこともない。
教科書も、先生もいない。
完全独学で、
気づけばここまで来ていました。
それって大丈夫なの?、と
思われることもあるかもしれません。
けれど私は、ずっとこのやり方で
ものづくりをしてきました。
世の中には、
“こうしなければならない”、
という基準がたくさんあります。
学ばなければならない。
正解を知らなければならない。
順番を守らなければならない。
それは間違ってはいないのかもしれないけれど、
私にとっては正解ではありませんでした。
私には、あまり概念というものがありません。
わからないなら、触ってみる。
できないなら、別のやり方を探す。
うまくいかないなら、形を変えてみる。
そうやって試しながら、
少しずつ積み重ねてきたものが、
今の ∗atelier eni∗ のカタチになっています。
私は、「正しい刺繍」を
したかったわけではありません。
「教科書通り」に仕立てたかったわけでもない。
ただ、自分の中にあるものを、
自分の手でカタチにしたかった。
そして、
誰も作れないような、
唯一無二のものを咲かせたかった。
だから、型を知らないままでも、
ここまで来ることができたのだと思います。
むしろ、知らなかったからこそ、
型にとらわれずにいられたのかもしれません。
できないことや、知らないことは、
本来は弱さとして見られるものかもしれません。
けれど今は、
むしろ”拘るけれど、囚われない。”
そんな在り方で生まれる表現こそが、
∗atelier eni∗の強みだとすら思っています。
そしてそれは、
手法だけでなく、作品そのものにも表れています。
蕾にも、満開にも。
そのときの気分や装いに合わせて、
自由に咲き方を変えられる草花。
そうしたカタチにしたのも、
決められた正解にとらわれないという想いからでした。
また、
アクセサリーとして身に付けるだけでなく、
暮らしの中にもそっと寄り添いながら咲く花として。
飾ったり、眺めたり、
ふとした瞬間に目に入る存在として。
そうやって、
ひとつの使い方や意味にとどまらない在り方も、
大切にしています。
どこかで私は、
当たり前とされている概念を、
少しだけほどいてみたいと思っているのかもしれません。
身につけるもの。
飾るもの。
正しくあること。
そういった境界を、やわらかく越えていくように…。
手に取ってくださった方の手で、
その人だけの咲き方を見つけていただけたら…。
そんな願いや余白を残すことも、
ひとつの表現だと思っています。
その正解のなさが、
私にとっての正解を選んできたように、
あなただけの正解を咲かせてほしい。
そして、
ありのままのあなたにこそ似合うアクセサリーを、
仕立てたいと願いながら、針を進めています。
∗atelier eni∗は、
そんな世界でありたいと、思っています。

∗atelier eni 149∗
﹍﹍﹍﹍﹍﹍﹍﹍﹍﹍﹍﹍﹍﹍﹍﹍﹍﹍﹍
立体手刺繍アクセサリー
atelier eni の作品は
オンラインショップでもご覧いただけます。
刺繍から生まれた草花たちを
お届けしていますꕤ
