「余白を取り戻す雨音」
― 季節の狭間で、心を整える時間―
真新しい春が、
少しずつ遠くなっていきます。
別れと出逢いが重なって、
ふわふわと落ち着かなかった季節。
新しい場所、
新しい暮らし、
新しいリズム。
気づけば予定がぎっしりで、
追われるように過ぎていく毎日の中、
どこか呼吸が浅くなっていた気がします。
そんな季節を抜けて、
ようやく少しだけ、
「余白が欲しいな」と思える頃。
梅雨がやってきました。
しとしと、と。
窓を叩く雨音を聞いていると、
不思議と心が落ち着いていくから、
私はこの季節が嫌いではありません。
撮影には少し困ってしまうけれど、
雨の日には、
雨の日の過ごし方があります。
やわらかな雨明かりの中で、
針を持つ。
静かな時間の中で、
糸を重ねていく。
晴れた日は、
光を追いかけるように作品を撮るけれど。
雨の日は、
どちらかというと
自分の内側へ潜っていくような感覚です。
情報に溢れた世界の中で、
いつの間にか、
神経が擦り減ってしまうことがあります。
流れ続ける言葉。
止まらない通知。
次から次へと流れていく景色。
気づけば、
「見たい」よりも先に、
「浴びている」ような感覚になってしまうこともあって。
だから最近は、
少しだけ距離を取るようにしています。
テレビを消して、
スマホを置いて。
代わりに、
八ヶ岳の空を見る。
裏の山に耳を澄ませる。
空気の匂いや、
雲の流れ、
山の輪郭。
お天気予報を確認しなくても、
「明日は雨かな…」
そんなことを
繊細に感じとりながら、
次の日の予定を組み立てていく暮らし。
自然のリズムに合わせていると、
乱れていた呼吸が、
少しずつ整っていきます。
刺繍の時間は、
私にとって、
自分を整える時間です。
絡まった糸をほどくように、
散らばった思考も整っていく。
ひと針、
ひと針。
静かに、
自分を取り戻していく時間。
春の軽やかさと、
夏の強い陽射しの狭間。
この曖昧な季節に、
咲き誇る紫陽花が好きです。
雨の中でこそ、
美しく咲く花。
土の性質によって、
咲かせる色を変えていく紫陽花。
青にも、
紫にも、
淡い白にも。
同じ花なのに、
咲く場所によって、
纏う色を変えていく。
それは、
どの色が正しいということではなく。
その場所だからこそ咲く、
その花だけの色。
私もそんなふうに、
その時々の環境や季節の中で、
自分らしい色を咲かせていけたらと思うのです。
そして、
こんな時間を誰かと分け合えたらいいな、
と思うことがあります。
ただ、手を動かす時間。
自分を整えるための時間。
それぞれが、
自分色を咲かせていくための時間。
窓の外の雨を眺めながら、
そんな景色を思い浮かべています。
まだ名前も形もない、
小さな妄想です。
雨音を聞きながら…

∗atelier eni 162∗
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