「手のひらの風」
―縁を還す日―
握りしめていたもの
小さな命を、
この手でずっと抱いていました。
離すことなどできなかったのです。
あの日から、
世界のどこにもいない存在を、
私はこの胸の奥で
生かしてきました。
小さな箱をそっと包み込むように、
眠るときも、出かけるときも、
どこへ行くにも一緒でした。
自己満足と言われてしまえば
それまでだけれど、
それは痛みではなく、
たしかな私なりの
愛のカタチでした。
風に託す
闇の中を歩く日々の中で、
少しずつ、
世界の見え方が変わっていきました。
失うことも、
終わることも、
きっと
“形を変えること”なのだと…
∗atelier eni∗の世界が
咲いていくのを見ながら、
私は確信しました。
存在が目に映らなかったとしても、
もうこの世界のどこかで眠っている。
こうして繋げる様に
手を動かし続けてきたからこそ、
そこで終わらせなかったからこそ。
先が見えなくても、
それがどこへ続くのか分からなくても、
祈るように糸を重ねることだけは
やめなかった。
紡ぐという行為そのものが、
すでに未来と結ばれていると
どこかで知っていたから…
私の掌の外でも、
ちゃんと息をしている。
だから、“還そう”と思えたのです。
てんとう虫の庭
還した日。
優しい風が吹く中、
季節外れの
小さなてんとう虫を見つけました。
赤い羽が陽を受けて、
光の粒を散らしていました。
てんとう虫は、証の印。
ちゃんと繋がっているって
思えたのです。
手のひらの風
いま、
私はもう何も握りしめてはいません。
それでも、
失ったとは思わない。
風が吹くたび、
通り過ぎていく気配がある…
還すことは、
忘れることではありません。
風に託すことは、
祈りの形を変えること。
この掌を通り抜けたすべてが、
やがてまた世界のどこかで
花になり、
光になり、
誰かの息になる。
きっと、もう寂しくない。
見えないけれど、光の向こうで
ふたりは同じ風を見ている――
そんな気がしました。

∗atelier eni 83∗

