「還るということ」
―手放しの庭で ―
風のはじまり
風が通り抜けていく。
何かを運ぶわけでも、
奪うわけでもなく、
ただ、
そっと頬を撫でていった。
闇の花が咲ききったあとの世界は、
音のない白で
満ちていました。
その白の中で、
私はようやく、
握りしめていた手のひらを
開いたのです。
手放し
指の間から、
いろんなものが零れ落ちていく…
慣れ親しんだものも、
記憶も、悲しみも…
どれも私の一部でした。
けれど、
不思議と痛くはありませんでした。
すべてが“失う”ではなく、
“還る”ように思えたから…
私の中を通って、
世界へ戻っていく。
それは、静かな循環。
受け取って、
手放して、
また受け取って――
呼吸と同じ。
息を吐いた分だけ、
また新しい空気が満ちていく。
空っぽと満ちていく心
空っぽになると思っていました。
だから、
あんなにも握りしめていたのに。
けれど、
手放したあとに気づいたのです。
“無くなる”ということは、
“空く”ということ。
空いた場所には、
やさしい風が
流れ込んでくるということを…
心は、
静かに満ちていきました。
痛みも後悔も、
そのままの形で。
消えなくても、
重くなくなる瞬間がある。
それは、
風が通り抜けたあとに残る、
あたたかな余白のようでした。
循環
握りしめる程に遠くて、
手を放した途端に
近く感じられたりして。
世界の呼吸に
身を委ねる。
何も掴まなくても、
すべては巡っているから。
光も闇も、
涙も祈りも…
きっと同じ場所へ
還っていく。
風の先に、
それを感じた気がしました。
形のないものたちが、
やさしい声で囁いていた。
――もう、大丈夫だよ。
あなたを通って、
ちゃんと還っていくから。

∗atelier eni 82∗

