「記憶の土壌」
― カケラを集めながら―
静かな回帰
八ヶ岳に根をおろしたのは、
きっと偶然ではなかった。
あの頃の私は、
どこか遠くへ行きたいのでも、
新しく始めたいのでもなくて、
ただ静かに
“戻りたかった”のだと思います。
記憶の灯
針を持つ手が覚えていた感覚。
木の香り、窓辺の光、
子どもの頃に過ごした記憶の断片…
それらが、
土の中で眠っていた
“私の種”を
そっと呼び覚ましてくれました。
浸る時間
だから私は、
しっかりと
記憶の土壌に浸かりながら、
小さなカケラを
拾い集めていました。
揺れる光、
木漏れ日の温度、
幼い日の私が見ていた
景色たち…
芽吹きの予感
どれもあまりにキラキラしていて、
胸の奥にしまっておくだけでは
もったいないほどに美しかった。
その記憶を、
誰かに伝えたくなったのです。
忘れていた根が、
静かに外の世界へ伸び始めたのを、
私は確かに感じていました。

∗atelier eni 52∗

