「夏の扉」
それは、
嵐の近い夏の日。
熱を帯びた風が吹き抜け、
遠くで、雷が鳴っていた。
重く垂れ込めた雲の下で、
私はただ立ち尽くし、
崩れていく音に、
耳を澄ませていた。
それは外の世界の音なのか、
それとも、
自分の内側の音なのか、
もう分からなかった。
激しく降る雨に、
隠してきた痛みも、
涙も混ざって流れていく…
すべてが洗い流されていくようで、
それでも、胸の奥には、
まだ熱が残っていた。
壊れる音の、その奥で、
小さな再生の鼓動が、
確かに響いていた。
雷鳴にかき消されそうなほど、
けれど、
確かに生きている音。
それはまだ名もなく、
形も持たない。
始まりなのか、終わりなのかさえ、
分からないまま――
そんな“夏の扉”の前で、
世界は、一瞬、
息を潜めていた。
そしてそれは、
まだ誰も知らない、
そんな夏のはじまり。

∗atelier eni 70∗

