「八ヶ岳の麓の物語」
― 光と影を抱く場所 ―
大地に抱かれて
八ヶ岳のふもとに
暮らすようになってから、
季節の流れが、
私の時間を形づくるようになりました。
風の冷たさ、
陽だまりの匂い、
鳥の声、
夜の静寂…
――どれもが、
生きている証のように
寄り添ってくれる。
ここでは、すべてが共にあります。
良い日も、悪い日も、
晴れ間も、嵐も、
光と影がまるで織物のように重なり合い、
私の心の風景を描いていくのです。
抱かれて生きる
八ヶ岳の懐は、
広くて、深くて、やさしい。
喜びも悲しみも、
分け隔てなく受け入れてくれる。
その包容の中で、
私は“強くなろう”とするのではなく、
“そのままでいてもいい”と
思えるようになりました。
ときに、霧のような不安に包まれ、
ときに、朝露のような希望に触れながら、
八ヶ岳に抱かれて、生かされている。
心の奥に小さな痛みを抱いたままでも、
この大地は、
静かに息づく木漏れ日のように、
そっと光を落としてくれるのです。
山がくれた静けさ
八ヶ岳の朝は、いつも静かです。
まだ誰も触れていない空気の中に、
夜の名残りと新しい始まりが
同時に漂っている。
その静けさに耳を澄ますと、
自分の中のざわめきが、
すっと溶けていく瞬間があります。
まるで山そのものが、
「だいじょうぶ、ここにいていい」
と語りかけてくれているように…
「まだだいじょうぶ、見守ってるから」
そんな風に抱きしめられているように…
私はその声なき声に
何度も救われてきました。
何かを足さなくても、
誰かにならなくても、
ただ“在る”ということだけで許される、
あの静かな時間に。
光と影のあいだで
八ヶ岳の光は、
ただ明るいだけではなく、
影までも美しく照らす光。
だからこそ、
私はこの地で
“光と影のどちらも愛する”ことを
学びました。
∗atelier eni∗の草花たちは、
この八ヶ岳の空気とともに
息づいています。
寒さの中で育つ強さと、
陽だまりの中でほどけるやさしさ。
その両方を抱きしめながら、
今日も静かに針を運んでいます。
そして―― この景色が、私の物語の根になる
涙の日にも、
晴れた日にも、
どんな時でも変わらず
そこにある山の姿は、
私に“帰る場所”を教えてくれました。
この大地がくれた静けさと温度が、
∗atelier eni∗の花たちの奥に
そっと息づいていきますように。

国蝶オオムラサキの日本一の生息地としても有名な、八ヶ岳の麓の地。
今年の夏は、毎日美しく舞うオオムラサキが見られ、思わず立体刺繍でブローチを作りました。
∗atelier eni 36∗

