「いっぽマルシェ」
― 春を待つ光の中で ―
春待ちの朝に
2024年3月3日。
まだ空気の中に冬の名残があって、
けれど日差しの奥には、
春の気配がゆっくりと混じりはじめていた。
八ヶ岳の山影が金色に染まり、
心の奥の雪が少しずつ解けていくような朝。
そんな春待ちの季節に、
私は小さな――けれど確かな
一歩を踏み出しました。
その名も「いっぽマルシェ」。
“心の中の小さな想いを、ひとつ形にする”
――そんなコンセプトをもつ、
優しい灯りのようなマルシェでした。
光の中で咲く
∗atelier eni∗として初めて外に出る日。
手元にあるのは、
まだほんの少しの作品たち。
それでも、
そのひとつひとつに込めてきた時間と祈りは、
どんな言葉よりも
確かな“光”を宿していました。
作品を並べると、
まるで私の中の小さな世界が、
光の中へ解き放たれていくようでした。
胸の奥に、
そっとあたたかな灯りがともる…
ひとりのお客さまが
微笑みながら言いました。
「エニさんの世界、すてきですね。」
――“エニさん”。
初めてそう呼ばれた瞬間、
胸の奥にぽうっと灯りがともりました。
まだ少し照れくさい響きだったけれど、
確かにその言葉の中で、
∗atelier eni∗という世界が
現実とつながったのです。
心がほどけていく
長い間、私は
“できない理由”をいくつも並べていました。
抱えるものが多くなるほど、
一歩を踏み出すことが怖くなる…
「いつか」「そのうち」と言いながら、
本当は心の奥で灯り続けていた小さな光に、
見て見ぬふりをしていたのだと思います。
けれど、この日その光は、
静かに外の世界へと歩き出しました。
それは、
私にとって間違いなく――大きな一歩。
春の手前で
いっぽマルシェの日、
私の世界はそっと外の光と繋がりました。
春の扉が開く少し前、
冷たい風の中に確かに感じた温もり。
あの日の光、出逢った言葉、
“エニさん”と呼ばれたあの瞬間。
それらは今も、私の心の中で
静かに息づきながら輝いています。
八ヶ岳の風が吹くたびに思い出す。
春を待つ光の中で踏み出した、
あの日のいっぽを。
あの一歩があったからこそ、
今、∗atelier eni∗の世界は
現実の中で確かに息をしているのです。

∗atelier eni 17∗

